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ビジネスデータサイエンスの最前線-企業が抱えるデータ活用の壁とその解決策(前編)
産学連携 |
当社データサイエンス事業のアドバイザーを務められている本橋 永至先生にお話をお伺いいたしました。本橋先生は、横浜国立大学の教授として「マーケティング・サイエンス」「ビジネス・データサイエンス」などを専門としてご研究されております。
本インタビューではビジネス・データサイエンスについてお伺いいたしました。
近藤
まずは先生のご研究やご専門をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。
本橋先生
私は2013年に、日本で唯一統計科学の研究をしている統計数理研究所が母体となっている大学院大学の博士課程を修了しました。その後すぐに横浜国立大学に着任し、それ以来、ビジネスデータサイエンスに関する研究と教育に携わっています。
私の研究は主に、データをどのようにビジネスの意思決定に役立てるかという点に焦点を当てていて、対象とする分野は幅広いです。例えば、マーケティング分野では、ポイントプログラムで収集されたデータを企業のマーケティング活動にどう活用できるかについて研究しています。また、不動産分野の研究にも取り組んでいて、最近ではマンションなどの共同住宅における空室率の予測に関する研究を行っています。さらに、知財マネジメントに関する研究にも力を入れていて、特許に関する文書を分類し、それを特許業務にどう活用できるかという課題にも取り組んでいます。また、私は研究の成果を社会に実装することにも注力しています。
近藤
企業と一緒に研究されることが多いようですが、コンソーシアムのような形で取り組まれているのでしょうか?
本橋先生
特にコンソーシアムを立ち上げているわけではありませんが、研究の際は企業と共同で進めることが多く、企業の実際のデータを使って研究し、その成果を共有しています。
近藤
先生は会社も経営されていると伺いましたが、最初からそういった形で進められていたのですか?
本橋先生
会社を立ち上げたのは3年前です。ただ、それ以前から企業と一緒に研究し、実際の業務に活かしてきました。
近藤
私も一応理系出身で、分子生物学を専攻していました。ですがデータ分析に関しては、昨年から学び始めたばかりです。先生の研究内容は企業やビジネスに密接に関連している印象を受けますが、アカデミアと企業が共同で取り組む際、特に企業側にはハードルが高いと感じる部分もあると思います。そうした場面で、企業が新しい技術や知識を取り入れる際の心構えや、具体例があれば教えていただけますか?
本橋先生
「データ活用」と一口に言っても、さまざまな方法があります。例えば、先ほど述べた知財マネジメントに関する研究では、特許文書を分類するモデルを開発し、そのモデルを搭載したシステムを開発しましたが、これは企業にとって直接役に立つ事例だと思います。
一方で、消費者の心理に関する新しい理論を構築するような研究は、すぐに実務に応用するのが難しいこともあります。なので最初に「データ分析をどう活用したいのか」「共同研究の目標をどこに設定するのか」について企業と研究者がしっかり話し合うことが大切です。私もこれまでに多くの共同研究を行ってきましたが、最初にどのような目標を設定するかでその後の成果が大きく左右されます。ですから、事前の打ち合わせや目的の共有が非常に大事だと感じています。
近藤
例えば、先ほどの知財に関する研究のようなプロジェクトは、最初は企業側からの依頼で始まることが多いのでしょうか?
本橋先生
それは本当に様々ですね。例えば、私が学会で発表した際に、企業の方がそれを聞いていて、発表後に話をしながら共通の目標が見つかり、それがきっかけで研究が始まることもあります。知財の研究に関しては、私の知り合いの研究者がメーカーと共同研究をしていた時に、特許文書の分類に関する研究ができないかという依頼があり、ちょうど私の専門分野だったこともあって共同研究を始めた、というケースもあります。ですので、プロジェクトの始まり方はケースバイケースです。
近藤
そうなると、企業側の担当者も大学や研究機関に足を運んだりしてアンテナを張っておくことが重要ですね。
本橋先生
はい、そうですね。最近では、大学が企業向けにリカレント教育の一環としてセミナーや研修を提供することが多くなってきました。そういった機会に参加して、教員とのつながりを作るという形もあります。
近藤
大学でリカレント教育を提供しているところもあるのでしょうか。
本橋先生
ありますね。ビジネススクールなどもそうですし、多くの大学が社会人向けのプログラムを展開しています。そこから共同研究に発展するケースも少なくありません。
近藤
そういった場合、企業の方はどのような部署の方が多いのでしょうか?
本橋先生
これもいろいろです。マーケティングの分野では、研究開発に携わる部署の方と一緒に進めることが多いですし、経営組織に関する研究では、マネージャークラスの方が「こういう課題があるのですが、一緒に研究できませんか?」という形で始まることもあります。
近藤
気軽に相談することに遠慮してしまう企業もいそうですが、そのような形で始まるのはとてもいいですね。
本橋先生
はい、全然気軽に相談してもらって構いません。むしろそういった相談から始まることが多いので、ぜひ気軽にご相談いただければと思います。例えば、企業が抱える課題があれば、それが研究のテーマにもなり得ます。ですので、まずはどのような課題があるのかをお聞きするのは非常に大切な機会なんです。
近藤
そのように言っていただけると企業も大学の先生に相談しやすく、大変ありがたいです。
最近では、高性能なAIツールが次々に出てきて、導入が前提となるケースも増えていますよね。そうした技術が普及してきた今、企業や消費者にどのような影響があるとお考えですか?
本橋先生
AIは基本的に過去のデータに基づいて予測を行いますが、過去に起こらなかった事象や市場に大きな変化があった場合、予測の精度は落ちます。ですので、AIによる判断だけではなく、人間の判断も必要になります。さらに、意思決定の際にはデータに記録されない取引先との人間関係などの要素も考慮する必要がありますよね。AIは便利ですが、あくまで人間の経験や判断と組み合わせて使うことが重要だと考えています。
近藤
ちょっと話が逸れますが、大量のデータを持っている企業でも、現場の実情にそぐわない仮説が立つことがありますよね。その結果、現場の人たちから「結局使えない」と言われ、せっかくのデータも信頼を失ってしまうことがあると聞きます。短期的なプロジェクトだと、たとえば3ヶ月や半年で「結果が出なかった」と判断されがちですよね。
そうした状況を避けつつ、データを基に経営判断をするためには、どのように取り組むべきでしょうか?
本橋先生
まさにそのようなことが起きないように、現在、ある小売企業に対して、「マーケティングリサーチにおける仮説検証」をテーマにした研修を行っています。仮説を立て、その仮説をデータに基づいてどのように検証すべきかという考え方をしっかりと浸透させることが非常に重要だと思います。
例えば、新しい施策を行う際に、当然ながら目標を設定しますが、それと同時に仮説も立てる必要があります。そして、その仮説を施策の結果とともに検証することで、単に売上が伸びたかどうかだけでなく、仮説が正しかったかどうかも評価できます。そのフィードバックを基に次の施策を改善していくという、PDCAサイクルを回すことが大切です。企業内で仮説検証のプロセスを共有しながら、データを活用する文化を作り上げることが重要です。
近藤
日本の企業だと、一つのプロジェクトで結果が出なかった場合、次に進める前に終わってしまい、PDCAサイクルがうまく回らないことも多いです。仮説がうまくいかなかったら次、という風になかなか進めないという課題がありますよね。事前の教育も難しいですね。
本橋先生
特に中小企業の場合、人材育成が非常に重要なテーマとなりますが、データ分析をビジネス戦略にどう生かすかという教育がしっかりできていないと、期待する成果が出にくいことが多いですね。
近藤
先生は、そういった企業向けの教育も手掛けているのですか?
本橋先生
はい、中小企業に対しても研修を行っています。企業ごとに異なりますが、特定の部門に特化した研修もあれば、全社的にデータ活用を推進するために、まずは上層部に対して研修を行うこともあります。
近藤
研修を受けた企業と受けていない企業では、やはり違いが出ますか?
本橋先生
そうですね。上層部がデータ活用の重要性を理解していないと、下の層が努力しても、その価値が認識されずに活用が進まないことがあるので、組織全体での活用度合いは大きく変わってきますね。
近藤
弊社でも、データを活用したいという漠然とした相談はよくありますが、目的がはっきりしていないことが多いです。日本の企業が抱えるデータ活用の課題として、先生が感じている大きなポイントは何でしょうか?また、それを乗り越えるために必要なマインドやアクションについて教えてください。
本橋先生
多くの企業では、データが不十分であったり、ノイズが多いことがあります。
なので、まずはそれらのデータを整備することから始める必要があります。データの量が多くても質が悪ければ意思決定に活用できない場合があるので、「この意思決定をするためにはどんなデータが必要か」という視点で、データを整備することが大切です。
近藤
いくらデータが大量にあっても、それが使える状態でないと意味がないですよね。データのクレンジングには時間や費用がかかるということが、企業の担当者には分かりにくいのかもしれないですね。
本橋先生
そうですね。社内でデータ分析に詳しい人材を育成するのは難しいことが多いです。ですので、外部の人材を活用したり、大学と共同研究することが有効かなと思います。
近藤
データのクレンジングや構造化に関する講座なども行っているのですか?
本橋先生
はい、それも研修の一部として行っています。クレンジング自体はデータサイエンティストがいれば対応できますが、どのデータが必要か、どのデータが意思決定に役立つかはデータサイエンティストではなく、ビジネス経験を持つ人たちの方が理解しているので、むしろそのような方々がデータの重要性を認識することが大事ですね。
近藤
その通りですね。また、データを集めるには予算がかかるという認識もあり、中小企業には難しいと思われがちです。これから日本の中小企業やベンチャーでもデータ活用が当たり前になると思いますが、できるだけお金をかけずにデータ収集する方法はありますか?
本橋先生
まずは「どうビジネスデータを活用するか」という考え方を浸透させることが大事です。スモールスタートを意識して、小さなプロジェクトから始めるのが良いと思います。例えば、特定のプロモーションに関してはしっかりとデータを使って効果を検証する、というように、少しずつ取り組んでいくのが現実的です。
近藤
確かに、会社全体で一気にデータ活用を進めるのではなく、施策ごとに小さく始めて、徐々に理解できる社員を増やし、広げていくのが良いですね。先生の研修には経営者の方も参加されているのでしょうか?
本橋先生
研修に経営者が参加されることもありますが、私の場合、多くはありません。企業単位で行う研修では、人事部と相談しながら対象者を決めていく形が多いです。
近藤
先生が手掛けた成功事例で、小規模な企業がデータ活用に成功した例などはありますか?また、ジャンルとしては、どの業界が多いのでしょうか?
本橋先生
現状では、やはり大企業が多いですね。データ活用にはコストもかかるので、どうしても中小企業よりも大企業の方がが取り組みやすいのが実情です。
業界としては小売業、広告業、メーカーなどが多いです。最近では不動産関連会社ともプロジェクトを進めていて、コンサルティング会社が間に入ることもあります。
近藤
コンサルティング会社が関与する場合、先生とそのコンサルタントが協力して進めていく感じですか?
本橋先生
そうです。例えば、不動産データを活用するツールを開発している会社とコンサルティング会社が協業していて、そこに私が加わってプロジェクトが進んでいます。その会社が提供するツールはデータの視覚化に優れていましたが、データが効果的に分析・活用されていませんでした。今、そのデータをどのように分析すればビジネスに活用できるかという視点で研究を進めています。
近藤
具体的には、どんなツールを開発しているのでしょうか?
本橋先生
地図上に、不動産価格、賃料、地理情報などを表示するツールです。地図上に様々なデータを重ね合わせることで、不動産に関する様々な情報が可視化されます。そこから得られるデータをどのようにビジネスに活用できるかについて、現在、研究しているところです。
近藤
データ予測と人間の意思決定をどう組み合わせるかについては、経営層も関心が高いと思いますが、何かアドバイスはありますか?
本橋先生
AIは完璧ではないので、意思決定の補助ツールとして使うことが重要です。
特にディープラーニングは予測の仕組みがブラックボックス化しているため、そのまま経営判断に使うのはリスクがあります。最近では「説明可能AI(Explainable AI)」という手法が注目されていて、予測に影響を与える要因を説明できるようになっています。これを活用することで、AIの信頼性が向上し、意思決定にも役立てやすくなると思います。
近藤
それは一般の人でも使えるAIですか?
本橋先生
ツール次第ですが、最近はChatGPTのような対話型AIも普及してきているので、プログラミングができなくてもAIを活用できるようになっています。今後、AIはさらに身近なものになっていくと思います。
天野
弊社でも社員がAIを使うことが増えているんですが、AIが出した答えの根拠がわからないまま使っていることが多いですね。
本橋先生
ちなみに、どういった用途で使われているのですか?
天野
今は主に、メルマガのメッセージや紹介文を作ってもらうことが多いです。ただ、なぜそのメッセージになったのかという根拠が見えないまま使っている感じですね。
近藤
私もX(旧Twitter)での発信を一部AIに任せていますが、昔の発言を学習させたAIが出したものの方が、私自身の発言よりも反応がいいんです。理由がわからないのが不思議で。
本橋先生
メッセージ自体はAIツールやチャットボットなどを使えば簡単に作成できますが、例えばChatGPTを使えば、なぜそのメッセージにしたのか理由を聞くことができますよね。
近藤
ただ、AIが企画を作った場合、「どこから引用してきたのか」を全て答えてくれるわけではないですよね。
本橋先生
確かに引用情報はまだ不十分で、答えられる範囲は限られていることが多いです。ただ、どういう理由でそのアウトプットを出したかについては、答えられるようになりました。
天野
社内でも、理由を確認するためのプロセスを導入した方がよさそうですね。
本橋先生
そうですね。一昔前、AIは「ブラックボックス」でしたが、今は対話型AIを使うことで、回答の理由を聞くことができるようになりました。
近藤
例えば、AIで作成したタレントの画像が、どこからデータを引っ張ってきたのかがわからず、肖像権の問題が出てくることもありますよね。最終的には、人間が判断しなければならない部分も残りますよね。
本橋先生
そうですね。プライバシーや肖像権の問題は、これからますます重要になってくると思います。